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彦根市の失業者に関する質問主意書

衆議院 第7回 第52号

提出者
衆議院
提出日
1950年2月22日
内閣転送 1950年3月1日
答弁書受領日
1950年3月7日
提出から13日
答弁の項目数
0
質問 604字/答弁 954字

質問本文

衆議院議長 ※(注)原喜重※(注) 殿

彦根市の失業者に関する質問主意書

一 去る二月十日前後に彦根市において三百名余の失業者が職を求めて市長と交渉中、代表者が市警察によつて逮捕された事件があるが、その真相如何。

二 この事件中同市役所において失業大衆に対し暴行を働き、インキ壼を投げ、ガラスを破壊するなどの乱暴を働いた、谷口鉄次※(注)はいかに処置されたか。

三 市警察により逮捕された右の者は留置されたわけであるが、留置場には毛布一枚もなく、又は極度に少く、この寒気に着のみ着のままごろ寢しており、ほとんどの者が風邪にかかつている。更に留置場内は昔通りの極惡な構造で、室内に便器があり、糞尿は横溢して四周にあふれ、臭気紛々、恐るべき不衞生の状態に放置してあり、その実情は本員において実見したところである。政府は、未だかかる事実の存在することを知るか。又これに対していかなる処置をとるつもりか。

四 右は人権擁護の立場よりの質問であるが、更に近来急激に増加する労農市民の失業者に対し、政府はいかなる対策を有するか。本件彦根市失業対策の如きは、同市職業安定所の用意は僅かに一二〇人分であり、これに数倍する同市及びその近接町村の失業者に対して市当局は全く無能である。政府は、失業者その他生活困窮者に対し、單に彈圧を加えるのみでは、事態は益々惡化するばかりで、何の解決も得ない。政府の根本方針如何。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一 彦根市方面における失業者は、かねて、彦根市当局に対して約三百名の失業者の完全就労方の要求を強硬に申入れていたところ、去る二月十四日失業者の代表者と認められる約二十名の者が彦根市役所に至り回答を求めたので、市長から、上京陳情に努めたが予算の増額は奏功しなかつたので、今後予算の関係上一日百二十名以上の就労は不可能である旨事情を説明して回答したが、右代表者達はこれに納得せず、全員就労と賃金値上の要求受諾方を強硬に迫つた。そこで市長は、午後四時頃に至り最早折衝の余地がないから退出せられたい旨代表者達に求めたが、これに応じなかつたので、同日午後五時頃彦根市警察吏員が不退去罪の現行犯として代表者十二名を逮捕したものである。なお、この事件は、その後送致を受けた大津地方検察庁彦根支部検察官において取調の結果本年二月二十三日右十二名中四名を住居侵入(不退去)罪によつて大津地方裁判所彦根支部に公制請求し、他の者はいずれも起訴猶予処分に付した次第である。

二 御質問の谷口鉄次※(注)については、検察庁としては警察からの事件送致を受けていない。ただ同人に対しては、去る三月二日北原某なる者から大津地方検察庁彦根支部に解放部落民に対する名誉毀損の告訴状が提出されているが、この事件は、目下捜査中である。

三 御質問の第三点については、御質問の如き事実の存在することは聞いていない。人権擁護の立場から、調査したいと考える。

四 彦根市における失業対策事業は、本年一月より実施しているが、一月中の運営状況は、求職者延数二九二九人、就労者延数二四五七人、未就職者数四七二人となつている。

二月以降求職希望者数は急激に増加したが、二月十日までは全員就労の措置をとつた。

しかしながら、二月における急激な増加傾向にかんがみ彦根公共職業安定所は、二月十一日以降輪番制を採用することとし、その旨労働者に発表したところ、労働者側は完全就労を希望して反対し、安定所並びに市当局に対して集団的交渉を開始し、遂に市警の出動を見るに到つたのである。政府においては、二月十五日以降失業対策事業の吸收人員を彦根市に対して増員したのであるが、滋賀県よりの報告によれば二月十五日以降においては、輪番制による紹介が円滑に実施されている。

右答弁する。

衆議院の原文

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