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日本人の移民についての質問主意書

参議院 第5回 第73号

提出者
参議院
提出日
1949年4月19日
内閣転送 1949年4月25日
答弁書受領日
1949年4月28日
提出から9日
答弁の項目数
0
質問 331字/答弁 218字

質問本文

吉田総理大臣は講和条約締結前には一つ一つ暫行的措置を集積していき事実上の講和条約を確立したいとの言明をされたが、次のことについて質問する。

一、日本人の移民について

本年一月米国下院においてジヤツド氏提案により移民制限法の緩和が決定されたが、これは日本民族を国際社会に復帰せしめんとの好意によるものであるが、此際米国のみならず、他の連合諸国に対して移民を懇請することについての所見を承りたい。

二、中国その他アジア各国に対し日本技術者の渡航を許可されるよう懇請することはできないか。

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参議院の原文・経過

政府答弁書

将来日本人が海外に出得る時が必ず来ることを期待して居り、我が技術者が海外において需要される時期も到来するだろうと思いますが、移民問題は受入れる国の国内問題であり、占領下にある我国としては本問題を取上げる時期に達していないことは御承知の通りです。

我国としては只管国内諸制度の民主化の徹底を期し国際信用を高めることに万全の努力を致すべきで、日本人が海外において真に平和的な国民として受入れられるように努めることこそ最も肝要であると考える。

参議院の原文

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