Kurage 質問主意書アシスト

ことばで探す › 参議院 第75回

軍属として戦地に行った人達の処遇に関する質問

参議院 第75回 第7号お答えすることは困難 ×1

提出者
参議院
提出日
1975年3月17日
内閣転送 1975年3月19日
答弁書受領日
1975年3月25日
提出から8日
答弁の項目数
4
質問 786字/答弁 193字

質問本文

軍属として戦地に行つた人達の処遇に関する質問主意書

本年は、太平洋戦争終結から三十周年を迎える。太平洋戦争でわが国の被つた物心両面にわたる被害の大きかつたことは、今更いうまでもない。

これまで政府のとつてきた戦争犠牲者に対する援護の措置を評価するにやぶさかではないが、今なお何の恩典をも受けることができない戦争犠牲者が放置されていることを考える時、戦後はまだ終つていないのである。

その一つは、強制的に軍属として戦地につれて行かれた人達のうち、文官以外の人でいわゆる恩給法の対象とならない人達である。

これらの人達は、軍人と同じく砲弾の飛びかう危険な状況の中で、一生懸命仕事に従事しながら、戦後における国からの処遇においては全く見捨てられているのである。

軍人恩給や、文官であつた軍属の恩給は不充分とはいえ年々増額されるなかで、これら旧軍属が放置されていることは、あまりにも不公平といわなければならない。

政府は、このような不公平のあることを知りながら、今日までその実態の調査すら行つていないことに対し強く反省を求めるものである。

以下次の諸点について質問する。

一、軍属として戦地に行つた人達は、何人位いたのか。

二、これらの軍属のうち、恩給法の対象とならない人達は、何人位になるのか。

三、これらの人達は、戦地において軍人同様、場合によつては軍人以上の危険な仕事に従事していたが、これらの実態について政府はどの程度調査をしているのか。

四、これら旧軍属の人達に対する救済について、政府はどう考えているのか。

五、直ちに調査委員会のようなものをつくり、実態の調査を開始してゆく考えはないか。

〒100-0014 東京都千代田区永田町1-7-1

電話:03-3581-3111(大代表)

アクセス

利用案内

著作権

免責事項

プライバシーポリシー

サイトマップ

© 参議院

参議院の原文・経過

政府答弁書

一、について

戦地勤務の軍属数は、約二十三万八千人である。

二、について

戦地勤務の軍属のうち、恩給法の対象とならなかつた者は、約二十二万人である。

三、について

これらの軍属の属していた部隊の状況等については、復員業務の一環としておおむね掌握している。

四、及び五、について

これらの者に対し恩給、共済等の年金制度を適用することは、それぞれの制度の沿革ないし建前にてらし、困難である。

参議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

お答えすることは困難 ×1

語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。

似た質問主意書

件名と質問本文の冒頭の意味が近いものを、前もって計算しておいた表から近い順に8件並べました(multilingual-e5-large)。同じ言葉を使っていなくても出ます。論点が少しずれていることもあります。

提出 1975年10月29日 二宮 文造 答弁 1975年11月7日
参議院 第76回 第15号お答えすることは困難 ×1
提出 1979年4月4日 二宮 文造 答弁 1979年4月13日
参議院 第87回 第11号
提出 1950年3月3日 淺岡 信夫 答弁 1950年3月14日
参議院 第7回 第42号お答えすることは困難 ×1
提出 1951年3月15日 片岡 文重 答弁 1951年3月28日
参議院 第10回 第8号お答えすることは困難 ×1
提出 1979年6月11日 喜屋武 眞榮 答弁 1979年6月19日
参議院 第87回 第23号
提出 1954年1月29日 八木一郎 答弁 1954年2月5日
衆議院 第19回 第5号
提出 1978年10月18日 喜屋武 眞榮 答弁 1978年10月27日
参議院 第85回 第4号

この論点で次の質問を書くなら

アシストで並べる