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国有林無償払下げに関する質問主意書

衆議院 第10回 第59号検討してまいりたい ×1

提出者
衆議院
提出日
1951年1月13日
内閣転送 1951年1月23日
答弁書受領日
1951年1月26日
提出から13日
答弁の項目数
0
質問 820字/答弁 737字

質問本文

衆議院議長 ※(注)原喜重※(注) 殿

国有林無償拂下げに関する質問主意書

一 奈良県添上郡五ヶ谷村大字菩提山の国有林を、同大字正歴寺主管者大原最俊に対し、同寺境内用地として、すでに百十町余歩を無償拂下げられたのは事実か。

二 これが拂下げの調査に当つたのはだれで、境内地としての根拠をどこに求めたか。

三 同寺は、この拂下げに味をしめて、改めて同村国有林の十九林班、二十七林班、二十林班、二十八林班等ぼう大な山林の無償拂下げを申請し、すでに拂下げ認可のはこびに至つていると称し、同国有林の「まき」等を同寺から拂下げているが、前記国有林はすでに拂下げたのかどうか。

四 同寺は、一山村の「小寺」であつてだれが考えても百町余歩の境内地を必要としないことは一見して判明するが、その上なお、数百町歩の国有林を無償拂下げるとあればその根拠は何か。

五 同国有林十九林班内には、十数戸の村民住宅があり、軒下まで国有造林であつて住民の生活上、また耕地増設上これが開墾を希望し、昭和二十一年三月二十日付をもつて五ヶ谷村長磯田利雄、部落総代橋本一、部落民外九名よりこれが貸與願を奈良営林局長へ提出されており、これに関しては同営林署係員調査の上、村民には適当なりと口約せるに現在まで放任し、住宅の軒下まで寺に無償拂下げ、住民の生活をおびやかす理由は如何。

六 なお、付け加えておくが、同十九林班の一部二町歩は、昭和二十二年三月三十一日緊急開拓開墾地として村長より申請し、県耕地課は境地としたが、国有林なるがゆえに現在まで放任されておるのであるが、あの当時は個人所有も境地は強制開墾されたにもかかわらず、国有なるがゆえに放任された理由如何。

七 同部落民は山にとりまかれながら生活上の「まき」すら二、三里離れた山で購入せねばならない状況におかれておるが、寺院は拂下げを受けた国有林で毎年ぼう大な利益をえておるという現状に対し、政府の所見はどうか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一 御質問の各項は、調査をまたなければ詳細の御回答ができないが、概略を申し述べる。

二 大正末期又は昭和初年の頃、国有林十数町歩を時価で正暦寺に売拂つたことはあるが、無償拂下げの事実はない。

三 当時の調査員は、調査をまたなければ判らないが、有償で拂下げた点から考えて境内地として売拂つたものでないことは明白である。

四 「寺院等に無償にて貸付しある国有財産の処分に関する法律」(昭和十四年法律第七十八号)の規定により昭和二十三年四月同寺から一九林班の一部二〇林班の一部及び二七林班の全部合計八一、二六八坪の讓與申請をしており、目下林野庁で検討中であるが、未だ結論を得るに至つていない、なお、まきの拂下が転売であるか否かの点については調査しなければ回答し難い。

五 右の申請については、社寺保管林処分審査会に諮問して法律の規定に従い、讓與範囲を適正に判定される。

六 同国有林では、総面積二九〇町九反歩の内七五町八反六畝歩を開拓適地として農地局へ所属替済であるが、御質問の個所が右の区域に含まれているか否かの点は調査をまたなければ不明である。

七 国有林で開拓可能と認められる箇所は、すべて農地局及び営林局署係官が立会の上現地調査をし、開拓適地選定基準に適合する場合には農地とするため農地局へ所属替をしており、目下大半は手続済である。

八 菩提山国有林は、元正暦寺の保管林であつたから、従来主産物による收入は社寺保管林規則に基き一定割合を同寺に分與し、副産物は同寺に無償讓與をしていたが、産物自体の利用については地元の福祉及び地元産業の発展に資することを理念としており、保管林制度が解消した今後においては、国有林と地元の関係はいよいよ緊密になることを希望する。

右答弁する。

衆議院の原文

この答弁書に出てくる定型句

検討してまいりたい ×1

語の一致で数えたものです。答弁の評価ではありません。同じ型の答弁が過去にどれだけあるかは、型を押すと出ます。

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