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小貝川合流点附替えに関する質問主意書

衆議院 第13回 第20号

提出者
衆議院
提出日
1952年3月15日
内閣転送 1952年3月19日
答弁書受領日
1952年3月25日
提出から10日
答弁の項目数
0
質問 1,669字/答弁 899字

質問本文

衆議院議長 林 讓治 殿

小貝川合流点附替えに関する質問主意書

一 昭和二十六年七月十二日建設省は、茨城県知事友末洋治、同県土木部長後※(注)※(注)三、同県総合開発審議室主査井上※(注)太※(注)、同県北相馬郡文村長鈴木仁一※(注)及び同県同郡東文間村長加納久顯君を招き、衆議院議員小野※(注)忠兵衞、同橋本登美三※(注)両君立会の下に、「小貝川合流点附替えの理由について」と「路線選定の理由について」と題する文書を発表した。

その席上橋本登美三※(注)君から次のような要請が建設省当局に対してなされた。すなわち「小貝川合流点附替えについては、すでに昭和十四年に確定されたいわゆる富永案があり、当局は昭和二十五年三月まで該案によつて着工すべきことを固執していた。それを改変した理由と更に他にも二、三研究された案がある筈であるから、それらの各々の案の利害得失を比較対照して本案が技術的に最善であると結論した理由を更に敷衍解説したパンフレツトを作成して関係町村に配付して検討させること。」という主意のものであり、建設省当局は、これを承認し、更に八月二十日に茨城県庁における小貝川総合開発委員会小委員会(委員長小野※(注)忠兵衞君)において文村長鈴木仁一※(注)君より重ねて督促されたにかかわらず、八箇月経過した今日なんらの措置も取らない理由如何。

二 前項の文書に添附した図面に誤謬があつたことを茨城県北相馬郡布川町長山田正雄君より指摘され、且つ、かかる重大な計画に必要な図面に誤謬のあつたことは、実地調査不充分の証左であるので、本計画は信頼するに足らず、又、責任者は懲戒処分に附さるべきものであることを要求されたにもかかわらず、なんらの措置を取らない理由如何。

なお、図面に誤謬のあつたことは参議院議員田中一君によつて建設省当局がそれを認めていることが確認されてある。

三 昭和二十七年一月九日茨城県北相馬郡取手町において、建設技監稻浦鹿藏、建設省治水課長伊※(注)剛、同省関東地方建設局長末松榮、同省同局庶務部長宮内潤一、同省利根川下流工事事務所長梶谷※(注)及び茨城県筑波郡上郷村土田右馬太※(注)君の招きにより、同県北相馬郡布川町長山田正雄君が出頭の際、山田正雄君より建設技監稻浦鹿藏君に次のごとき質問を試みた。すなわち

「小貝川だけを抽き出して考えるときには合流点を附け替えることに合理性を認めなければならないが、その路線にどの案を取つても効果は大同小異であつて、脊割堤による路線が技術的に最善であるという絶体的な理由をつけることはできないと思うが、どうか。」と。

これに対して建設技監は「それはその通りである。」と回答したが、しからば第一項のパンフレツトの作成は不可能となると思うが、如何。

四 昭和二十七年一月二十七日茨城県北相馬郡布川町役場において、建設省利根川下流工事事務所長梶谷※(注)、同省関東地方建設局龍ヶ崎出張所長大出由一君同席の下に、同省同局庶務部長宮内潤一君に対し一月十二日北相馬郡東文間村長加納久顯、同布川町長山田正雄、同文村長鈴木仁一※(注)連名をもつて建設大臣に手交した小貝川合流点附替え反対陳情書の写を交付の上、文書をもつて責任ある回答を要求したところ必ず文書をもつて回答することを承諾したにかかわらず、未だなんらの措置を取らない理由如何。

五 小貝川合流点附替え関係昭和二十六年度予算の使途について疑惑の風評があるので、これが公開可能か。あるいは茨城県北相馬郡布川町長山田正雄君に関係帳簿の閲覽を許可することができるか。

なお、山田正雄は国家公務員法附則第九條による試験一九類予算会計の合格者である。

六 昭和二十七年二月二十三日付毎日新聞に「小貝川放水路を着工」の見出しで「来週早々に立退通告」という非常識且つ誇大な記事を載せたことについて、新聞関係者は建設省当局の発表そのままであると弁明しているが、果してそうであるか。又、かかる記事によつて民心を動搖させても政府は意に介しないか。

右質問する。

衆議院の原文・経過

政府答弁書

一 「付替え各案の利害得失及び背割堤案が技術的に最善であると結論した理由を敷衍解説したパンフレツトを作成して、関係町村に配付、検討させること。」については、政府は別段確約していない。但し、昭和二十六年七月十二日の懇談会において発表した「小貝川合流点附替えの理由について」及び「路線選定の理由について」と題する文書は、附替え各案について利害得失を述べ背割堤案選定の理由を明らかにしたものであつて、関係町村長にも配付されており、右の趣旨は充分に達成されていると考える。

二 「前項の文書に添附した図面に誤謬があり、実地調査不充分である。」という点については、配布した図面は建設省地理調査所発行の二万五千分の一の地図であり、これに橋梁位置が誤り記入されていたことは指摘されるとおりである。

しかし、これは書き写しの際の誤りであつて、これによつて計画の本質的内容に影響あるものではないので、責任者の懲戒処分の必要を認めない。

三 『背割堤による路線が技術的に最善であるという絶対的な理由をつけることができない」という質問に対して、建設技監が「その通りである」と回答した。』といわれるが、建設技監はそのような回答をしたことはない。

四 「小貝川合流点附替え反対陳情に対して、回答せられたい。」という点に関しては、問題の説明には文書のみならず参考図面の提示、口頭説明、質疑応答等を必要とすると考えたので、むしろ布川町長と直接会談すべく努力した。布川町長とは日時まで口約して出頭したが、当日居所不明で会談の機会を得られず遺憾に思つている。

五 小貝川合流点附替関係昭和二十六年度予算の使途の公開の必要は認めない。

なお、関係帳簿の閲覽については、制度上監査機関の検査を受けているのでその必要を認めない。

六 『新聞関係者に対して、建設省が「来週早々に立退通告云々」と発表したことが非常識、且つ、誇大で民心を動搖させている。』と指摘されているが、政府は右のような発表はしていない。

立入通告の手続をすべく準備中であると新聞記者に語つたのである。いずれにせよ、右によつて民心の動搖をきたすとは思わない。

右答弁する。

衆議院の原文

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