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主権の侵害に関する質問主意書
衆議院 第72回 第4号
質問本文
衆議院議長 前尾繁三郎 殿
主権の侵害に関する質問主意書
昭和四十八年八月八日東京において発生した韓国の元大統領候補金大中氏の拉致事件は、個人の自由と我が国の主権に対するあからさまな侵害であり、近代的な民主国家ではあり得べからざる事件である。この事件に関し、すべての日本国民・世論は、政府に対して徹底的な真相の究明と国民への十分な説明を、そして、主権の侵害については安易な妥協を廃し、断固たる態度をとるよう強く要求した。
しかるに政府は、国民・世論を全く無視したばかりか、真相の究明に何ひとつ積極的な努力をせず、自主性のない消極的な外交に終始したのみで、十一月一日「韓国政府が国際慣例からみて決して甘くない処置をとつた。」として、外交的な決着をつけることを発表した。
かかる政府の態度は、国民を全く欺まんしたものであり、日本の独立に関して歴史に残る重大な問題であるといわざるを得ない。
このため、私は十一月十三日衆議院決算委員会および十二月八日衆議院予算委員会において、主権の侵害に閣する質問を行つたが、満足し得る正確な答弁が得られなかつたので、ここに質問主意書を提出する。
一 十一月十三日衆議院決算委員会において、大平外務大臣は「例えば千九百六十五年に、いま小林さんが言われたように、フランスとモロッコの間にも同じような事件がありまして、モロッコの野党の指導者であるベン・バルカ氏がパリで誘かいされた事件がございました。フランス政府は、モロッコによるフランスの主権の侵害であるということで強い主張をいたしたわけでございますが、ベン・バルカ氏は、安全が保障されないばかりか、いまなお行方不明であるのでありまして、しかしながらフランスとモロッコの外交関係はその後正常化いたしておるのであります。これはたいへん歯切れの悪い処置でございますけれど、独立国の間では、そういうことが現実に起つておるわけでございます。」と答弁されたが、これは、事実に反し、認識に大きな差異がある。
ブリタニカ千九百六十七年版によれば、ベン・バルカ氏は、千九百六十五年十月二十九日パリで誘かいされ、千九百六十六年一月十七日パリ郊外のフォンドネで射殺死体となつて発見されている。
このべン・バルカ氏誘かい事件について、フランス政府は、その裏面にモロッコ政府のウフキル内相が関係していると断定し、(イ)千九百六十六年一月モロッコと国交断絶(ロ)ウフキル内相に対し国際逮捕状を発令(ハ)千九百六十六年九月パリにおいて、ベン・バルカ誘かい事件に関する裁判を開始し、欠席裁判でウフキル内相に死刑を宣告するなどの厳しい処置をとつた。なお、これに加えて、フランス裁判所から八年の禁錮刑を宣告されたモロッコのドリミ国防相がパリを訪れて誠意をひれきするなどの経過をへて、千九百六十八年八月ようやく両国間に協定が成立し、国交の正常化をきたしたものである。
以上によつても明らかなごとく、フランス政府の処置と今回の金大中氏事件に対するわが国政府の処置には大きな懸隔と差異がある。しかるに、大平外務大臣がフランス政府のとつた厳しい処置の事実を隠し、結果だけをもつてあえて「国際的なものさしの一例」と称して、日韓外交関係の決着の論拠の一つとなすのは、私の到底承服し得ざるところである。
このため、私は十二月八日衆議院予算委員会において、再度この問題を取り上げて外務大臣に訂正と陳謝を求めたが、正確なる答弁を得ることが出来なかつたので、ここに、あらためて納得のゆく明確な答弁を求めたい。
二 次に、外交官の駐在国における行為に関して、どこまでが公的行為で、どこまでが私的行為かの判別について伺いたい。
金東雲駐日韓国大使館一等書記官が金大中氏誘かい事件に介入していることは明白な事実で、韓国政府もこれを認めているところである。これについて日本警察権力によつて金東雲氏の事件介入が証拠だてられるや、外務大臣は「この事件に韓国の公権力が働かなかつたときめておるわけでもございませんし、また、働いたときめておるわけでもないのでありまして、断定できないという立場でおるわけでございます。何となれば、我がほうの捜査当局はそのきめ手になる証拠を持つていないわけでございますし、韓国政府は公権力が働いていないということを言明されておるわけでございます。」と答弁し、政府の指示によらざる金東雲一等書記官の私的行為である旨の韓国政府の弁明について、あえてその真相を日本国の立場にたつて究めようとしない態度は、日本国民に対する重大な冒とくであり、まことに遺憾である。
私は、金東雲一等書記官の事件介入行為に関連して、
(1) 本国政府の指令がなくても、外交官の身分を有する限りにおいては、外交官が駐在国で行つた行為は、通常公権力の発動であるとみなすことが当然であると考えるが、仮りに外交官の行為に公的行為と私的行為があるとするならば、その判別の基準は何か、政府の具体的な見解を伺いたい。
(2) 公的行為について、日本政府のいう「本国政府の指令によらなければ」という要件が必要だとするならば、その外交官の行為が本国政府の指令によつたものか否かをいかにして確認するのか、その手段、方法について明確な説明を承りたい。
(3) 外交官の行為が公権力としての外観を有している場合は、すべて公権力による行為であると推定するのが妥当だと考えるが、政府の見解を伺いたい。
(4) 外交官の駐在国における不法行為について、その公私の判別が困難な場合、加害国の立場にある本国政府、すなわち、本事件については韓国政府にその立証責任があると考えるが、政府の見解を承りたい。
三 大平外務大臣は、国会の各種委員会等公式の場において、繰り返し「金大中氏は出国も含めて自由が保障されておる。」との答弁をしてこられた。しかるに、新聞報道によれば、去る十二月十七日離任あいさつに訪れた韓国の李※(注)前駐日大使に対して「一日も早く金大中氏を出国させることが望ましい。」と述べ、これを韓国政府首脳に伝えるよう要請した由である。これが事実であれば、まことに矛盾した言動であり、従来の答弁は国会に対する食言、金大中氏の自由に関して虚偽の言明をしたものといわざるを得ないが、政府の見解を承りたい。
四 主権侵害に関する国際的例証としては、
(1) 西独の韓国留学生蒸発事件
(2) アイヒマン事件
(3) アントワーヌ・アルグ事件
(4) ベン・バルカ事件
などの数例に限られており、そのいずれをみても、今回の金大中氏事件の外交的決着と称される我が国政府の処置と比べ、外務大臣の「国際的にはやはりよるべきものさしというものがあると判断いたします。」といわれる例証としては、あまりにも掛け離れたものといわざるを得ない。これらの例証のほかに、金大中氏事件について政府のとつた行為、態度を正当化する「国際的なものさし」があれば、具体的に例示してもらいたい。
右質問する。
政府答弁書
一について
ベン・バルカ事件は、フランスとモロッコという我が国の友好国の間に発生した古い事件であり、また、現在は両国関係が正常に復しているため、事件の経緯につきあまりに詳細にわたつて明らかにすることは外交上適当ではないので、政府の承知しているところを主要点について、次のとおり回答する。
(一) 一九六六年一月一七日、死体となつて発見されたのはべン・バルカ氏ではなく、事件に関連する情報提供者ジョルジュ・フィゴン氏(Georges Figon)であつた。ベン・バルカ氏の生死は今なお確認されていない。
(二) 一九六六年一月、フランス政府は駐モロッコ仏大使を召還し、次いでモロッコ政府は駐仏モロッコ大使を召還したが、国交断絶は行われなかつた。フランス政府がモロッコのウフキール内相及びドリミ国家保安部長に対して国際逮捕状を発したことは政府としても承知しているが、質問主意書に言及されている一九六六年の裁判ののち、一九六七年六月に最終判決が行われ、右によれば、出廷に応じなかつたウフキール内相は無期懲役の宣告を受けたが、ドリミ国家保安部長は無罪の宣告を受けた。
また、フランス、モロッコ間で新たに大使を交換することが決定されたのは、質問主意書にある一九六八年八月ではなく、一九六九年一二月と承知している。いずれにせよ、事件発生の四年後、種々の経過を経てフランス、モロッコ間の関係は正常に復したのであるが、ベン・バルカ事件については前述のとおり、結局、被害者の生死が確認されていない。
二について
(1) 外交官の身分を有している者の駐在国における行為がすべて公権力の行使であるとは考えられない。
外交官の行為が公権力の行使にあたるか否かを判別する基準としては、一般的にはその行為が本国の法令による権限に基づいて当該外交官が行う職務行為であるか否かが問題なのであり、このような行為である限り、当該外交官が本国政府(上級機関)から、格別の指示を得ているか否かは関係がない。
外交官の権限に基づかない行為ではあるが、実質的には外交官としての公的地位に密接に関連したものであり、表見的には外交官の権限に基づく行為とみられるような場合には、かかる行為は公権力の行使であるとみなされる。外交官が私人を強制的に連行するような行為をもつて、外交官としての公的地位に密接に関連しているということ、又は、表見上、外交官の権限に基づく職務行為と推断することは妥当でない。
(2) 外交官の、法令による権限に基づく職務行為について本国政府の指令の有無は関係がないことは前述のとおりであるが、本国政府の指令があつた場合には、その行為は当然にその外交官の職務行為ということとなるところ、そのような指令の存在は、指令があつたとの明白な証拠を入手するか、あるいは、相手国が指令を出したことを認める場合に確認される。
(3) 外交官の行為が公権力としての「外観」を有している場合についての政府の考え方は、二(1)後段のとおりである。
(4) 外交交渉において、当事国がそれぞれの立場に立つて、自らの主張を行う場合に相手国に対し、ある事項について挙証しなければならない国際法上の義務を負担するとか、挙証を要求する国際法上の権利を有するとかということはない。
三について
「金大中氏は、出国も含めて自由が保障されている」ことは、日韓間で明確に了解されたことである。
大平外務大臣が李※(注)前駐日大使に対して「一日も早く金大中氏を出国させることが望ましい」旨要請したのは、かかる了解を再確認した上で、もし伝えられているように本人が出国を希望しているのであれば了解が速やかに実行されることが望ましいとの考えを述べたものである。
四について
(イ) 国際責任が生じた場合にいかなる措置が責任解除措置としてとられるかについては、事案の性質、内容に応じて、外交交渉で合意されるのが国際的な慣行である。
(ロ) 本件については、政府としては、韓国による日本の主権の侵害があつたと断定すべき証拠がなく、これに対し、韓国は、金大中氏拉致行為は、公権力の行使ではないとの立場をとつた。かかる状況にかんがみ、政府としては、主権侵害が明らかになつた時には、それに応じた責任追及を行う権利を留保した上で、韓国側が少なくとも外国に滞在する自国外交官を監督する義務を怠つた責任について、事件がもたらした反響の重要性を考慮しつつ、前記の国際的な慣行にしたがつて外交的決着をつけたものである。
右答弁する。
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